こんなにも光が赤いからフランちゃんはつい核酸と反応してしまうの
従来の有機合成化学の方法論は、ガラス器具内の石油派生化合物中での反応に特化してきました。例えば、ナスフラスコに溶媒として満たされたジエチルエーテルでの反応のようにです。しかし、生体物質、とくに生体高分子の取り扱いにはいまだ限界があり、生体適合な新規反応の、さらなる開拓が期待されています。
新たに、DNAやRNAなど核酸を、水溶液中で、赤色光照射下に、共有結合でつなげて架橋してしまう、使い勝手のよい反応が登場しました。決め手は、フランと呼ばれる化合物に由来した構造にあるとのこと。
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フランちゃんウフフ
フラン(furan)とは、1個の酸素原子と4個の炭素原子からなる5員環を持つ複素芳香族化合物です。命名は、穀物の糠(furfur)を蒸留して得られたことに由来します。
ベルギーのMadder氏は、フランと酸化剤の反応に注目。これを活用して、DNAやRNAを架橋して操る方法を開発しました*1。この技術はDNAナノテクノロジーやケミカルバイオロジーの分野で応用が期待されます。DNAナノテクノロジーとは、DNA自体の性質を活用して、生体内の遺伝現象とは独立に、役立つ高機能材料を作ろうという分野です。ケミカルバイオロジーとは、化学の方法論を活用して今まで分からなかった生命現象の仕組みを解き明かそうという分野です。
原著論文
"Sequence Specific DNA Cross-Linking Triggered by Visible Light."
de Beeck MO et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja301901p
DNAやRNAのような核酸のなかまは、すべての生命に共通して見られる生体物質です。DNAを作る核酸塩基は、デオキシリボースにアデニン(A)・グアニン(G)・シトシン(C)・チミン(T)が結合しています。RNAを作る核酸塩基は、リボースにアデニン(A)・グアニン(G)・シトシン(C)・ウラシル(U)が結合しています。なお、DNAはRNAより安定のため、取り扱いやすいことが特徴です。
まずフラン誘導体化核酸塩基を取り込ませたDNAを化学合成しました。例えば、チミンの位置をフラン誘導体化ウラシルにします。次に、化学合成したDNAを混合し二本鎖を形成させました。チミンとは、アデニンが塩基対を作ります。酸化反応を助けるメチレンブルーを加えて赤い可視光を照射すると、フランが化学変化し、向かいのアデニンと反応しました。そして、狙いどおりにDNA二本鎖が共有結合で架橋されました。もう外れません。光架橋形成のときフランを活性化するために使う赤色光は、エネルギーが小さく、紫外光と異なり、DNAが変性しにくいという点もポイントです。
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遺伝暗号拡張と組み合わせてみた
【化学生物学】【光化学】こんなにも光が赤いからフランちゃんはつい核酸と反応してしまうの。フラン誘導体アミノ酸を遺伝暗号拡張でタンパク質に組み込み、RNAとの光架橋形成で生体分子同士をきゅっとつないだ。 http://t.co/4ChmyQOVVu
— 注目論文ツイート (@HotPaperTweet) 2014, 1月 4日
このフランの反応、ドイツのSummerer氏もおもしろいと思ったらしく、何か役立たないか試してみようと思ったようです。DNAやRNAのような核酸と並ぶ生体分子の二大巨頭、タンパク質にフランを組み込んでみたらどうだろうと考えました*2。
リジンとフラン誘導体化リジン
通常、タンパク質は、リボソームにより20種類の標準アミノ酸から作られます。しかし、近年、発展した遺伝暗号拡張と呼ばれるシステムを用いると、20種類にない別のアミノ酸を組み込むことができるようになりました。人工アミノ酸でも組み込むことができます。
ドイツのSummerer氏たちは、分子遺伝学の手法に優れた大腸菌を実験材料に選びました。大腸菌の一方には、RNA(GGCAGAUCUGAGCCUGGGAGCUCUCUGCC)を認識するペプチド(MGYGRKKRRQRRR)を端に付け加えた緑色蛍光タンパク質を発現させました。大腸菌の他方には、1カ所だけアミノ酸を置き換えた改変ペプチド(MGYGXKKRRQRRR; Xはフラン誘導体化リジン)を端に付け加えた緑色蛍光タンパク質を発現させました。両者の大腸菌からタンパク質を精製した後、RNAと混合し、酸化反応を助けるメチレンブルーを加えて赤色光を照射しました。すると、改変ペプチドだけでRNAとの間に共有結合の架橋が形成されました。実験は予想通り成功です。
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植物ホルモンのサイトカイニンでもやってみた
【核酸化学】【化学生物学】こんなにも光が赤いから。フラン誘導体を用いた赤色光によるDNAの光架橋形成はキネチンでもできると分かった。キネチンは植物ホルモンのサイトカイニンと同じく植物の細胞分裂を促進する生理活性物質。オープンアクセス。 http://t.co/3r9W4Rge9P
— 注目論文ツイート (@HotPaperTweet) 2014, 2月 26
ベルギーのMadder氏も、自前の反応で何かできないか、アイディアを考えていました。ふと植物ホルモン関係の文献でも見ていたら気づいてしまったのでしょうね、「キネチンにフランがある」と。そこで、キネチンを組み込んだDNAを化学合成して、反応するか試してみました*3。
キネチンは、変性したDNAに見つかる物質です*4,*5。植物体内で生合成されるものではありませんが、植物ホルモンのサイトカイニンと同様に、細胞分裂を促進するなどの生理活性があります。
ふぇー光架橋形成と何の関係があるのですか?? なぜやったし!!
一応、原著論文の"Introduction"にも、いろいろ書いてあります。ただ、引用文献リストに超基本的なサイトカイニン受容体の論文*6,*7がないなどの事情から察するにやりたいからやったんだと思います。デモだしね、デモ。
実験器具内(たぶんエッペンドルフチューブ)でやってみたら、とりあえず反応したみたいです。 生体内ではやっていません。
フランを組み込むことで、今後、人工核酸*8や、その周辺分野の開拓が期待されます。おもしろい使い方を他に思いついた方は、可能ならば試してみるとよいかと思います。
字数; 2300字
文章; バンショ和ゲゴヨウ
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アンケート
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参考文献・ウェブサイト
*1:"Sequence Specific DNA Cross-Linking Triggered by Visible Light." de Beeck MO et al. J. Am. Chem. Soc. 2012
http://dx.doi.org/10.1021/ja301901p
*2:"Red-Light-Controlled Protein–RNA Crosslinking with a Genetically Encoded Furan." Schmidt SMJ et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2013
http://dx.doi.org/10.1002/anie.201300754
*3:"A Synthetic Oligonucleotide Model for Evaluating the Oxidation and Crosslinking Propensities of Natural Furan-Modified DNA." Carrette LLG et al. ChemBioChem 2014
http://dx.doi.org/10.1002/cbic.201300612
*4:"Kinetin, a Cell Division Factor from Deoxyribonucleic Acid." Miller CO et al. J. Am. Chem. Soc. 1955
http://dx.doi.org/10.1021/ja01610a105
*5:"Isolation, Structure and Synthesis of Kinetin, a Substance Promoting Cell Division." Miller CO et al. J. Am. Chem. Soc. 1956
http://dx.doi.org/10.1021/ja01614a108
*6:"Identification of CRE1 as a Cytokinin Receptor from Arabidopsis." Tsutomu Inoue et al. Nature 2001
http://dx.doi.org/10.1038/35059117
*7:"Structural Basis for Cytokinin Recognition by Arabidopsis thaliana Histidine Kinase 4" Hothorn et al. Nature Chemical Biology 2011
http://dx.doi.org/10.1038/nchembio.667
*8:"核酸塩基は4つだけではない" Chem-Station 様