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シーラカンスに肺の痕跡器官が見つかる

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 身近な魚はみなエラ呼吸であり、肺はありません。しかし「生きている化石」として有名なシーラカンスには肺があったのだと、新たに分かりました。

 

 秋はサンマが美味しいですね。サンマはエラ呼吸です。メダカもゼブラフィッシュも、サメもマグロもエラ呼吸です。肺はありません。しかし、どうやらシーラカンスは例外のようです*1

  

 シーラカンスが今も海に生きていることは、1939年に南アフリカの港で発見されて分かりました*2。奇妙な姿かたちをしたこの魚は、中生代白亜紀で絶滅したと考えられていた化石のシーラカンスとひどく似ていたため、大昔の形態を今に伝える「生きている化石」だと世界を騒然とさせました。

 シーラカンスの現生種は、アフリカだけでなく、インドネシアでも見つかりました。いずれも水深100メートルから400メートルのやや深海に生息しています。実物を見たいという場合は、世界で唯一の冷凍標本があるという、静岡県の沼津港深海水族館がお手軽です。

 シーラカンスのゲノムは2013年に解読されました*3。遺伝子の塩基配列を比較したところによると、魚類の中では、ハイギョに次いで、両生類・爬虫類・哺乳類といった四足動物に近いグループのようです。

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 アフリカあたりの淡水に住むハイギョは、その名の通り肺があります。エラもありますが主に肺で呼吸するので、乾季で水が干上がっても夏眠して生き延びることができるし、雨季で水がたくさんあっても息継ぎしに数時間ごと水面にあがります。従来、肺呼吸する魚類はハイギョだけで、あとはエラ呼吸だと考えられていました。

  

 ブラジルのBrito氏、フランスのMeunier氏、フランスのClement氏らは、化石を調べる中で謎の内臓を見つけ、2010年にそのことを報告する論文を発表しました*4。彼らはこれが肺だと考え、研究を続けました。

 そして、2013年になって、彼らはアフリカで捕獲されたシーラカンスを調べ、新たな論文を発表しました。このことは国内外で話題になりました*5,*6

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赤い部分が肺. Imaged by Cupello et al. Nature Communications (2015) CC BY 4.0

 アフリカで捕獲されたシーラカンスを、エックス線トモグラフィーで調べると、現生種にも謎の内臓がありました。解剖してみると、食道につながっており、肺であると確証が得られました。この肺は小さく、深海に住むシーラカンスでは機能していないとのことです。成体のシーラカンスと幼体のシーラカンスの比較で、この臓器の存在はよりはっきりとしました。

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赤い部分が肺. Imaged by Cupello et al. Nature Communications (2015) CC BY 4.0

  シーラカンスのゲノムには陸上の四足動物と同じタイプの遺伝子が多数あり、シーラカンスの系統は魚類が陸上の四足動物に進化する途上で分岐したと考えられています。シーラカンスの先祖には、腕のように確かな筋肉質の柄がついたヒレを使って、浅瀬を歩くように移動していたものもいるのでしょう。シーラカンスのヒレと同じく、新しく見つかった肺も、シーラカンスの先祖に由来した痕跡器官だと考えられます。痕跡器官とは、ヒトに尻尾の名残である尾てい骨があるように、退化によって用をなさなくなった器官が、わずかにかたちだけ、それと分かる程度に残されているものを言います。

 

 一般常識に従うと、痕跡器官いうものは価値のないものだ、と思われがちです。しかし、化石の研究をしている人たちにとって、痕跡器官を見つけることは重大な発見です。

 痕跡器官の考え方は強力です。例えば「特撮のウルトラマンウルトラセブンより古い」ということは、特撮に詳しくなくても、痕跡器官の考え方があれば分かります。

 ウルトラマンの「ウルトラ」は意味が分かります。ウルトラな男が活躍するのでしょう*7。しかし、ウルトラセブンの「ウルトラ」は意味不明です。ウルトラなセブンとはいったいなんなのでしょうか。ウルトラセブンの「ウルトラ」は、ウルトラマンの「ウルトラ」の名残で意味はありません。痕跡です。そして、どちらも円谷プロダクションの制作であることをふまえると、ウルトラセブンは新しく、ウルトラマンは古いということが、推定できます。

 同じような理屈は、煙草の「セブンスター」と「マイルドセブン」であるとか、コンビニや流通を手掛ける「セブンイレブン」と「セブンアンドアイ」であるとかの関係にもあてはまります。

 現生種のシーラカンスには肺の痕跡器官があると分かりました。このことから、発達した肺を持つ先祖がいた、ということが予想できます。おそらくハイギョとの共通祖先でしょう。肺の退化し始めた時期はいったいいつなのか、シーラカンスの生き残りが深海に住んでいることと関連はあるのか、疑問は尽きません。

【原著論文】

"Allometric growth in the extant coelacanth lung during ontogenetic development."

Cupello C et al. Nature Communications 2015 DOI: 10.1038/ncomms9222

 シーラカンスと言うと、個人的には、 インド洋を挟んで、アフリカとインドネシアにだけ生き残った理由が気になります。遠く離れた2つの地域を、ドラえもんの秘密道具がつないでいる*8ということはないでしょうが、いったいなぜでしょうね。偶然でしょうか。

なぞの生き物大探検 (ドラえもんふしぎ探検シリーズ (9))

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  • 参考文献・ウェブサイト等

*1:"Allometric growth in the extant coelacanth lung during ontogenetic development." Cupello C et al. Nature Communications 2015 DOI: 10.1038/ncomms9222

*2:"A living fish of mesozoic type." Smith JLB Nature 1939 DOI: 10.1038/143455a0

*3:"The African coelacanth genome provides insights into tetrapod evolution." Amemiya CT et al. Nature 2013 DOI: 10.1038/nature12027

*4:"The histological structure of the calcified lung of the fossil coelacanth Axelrodichthys araripensis." Brito PM et al. Palaeontology 2010 DOI: 10.1111/j.1475-4983.2010.01015.x

*5:Ancient Human-Size Fish Breathed with Lungs (Yahoo! News)

*6:シーラカンス体内に肺を発見、進化の過程で退化か (AFP BB News)

*7:追記.ウルトラマンは前番組のウルトラQに由来し、ウルトラQは流行語だったウルトラCに由来するらしいです。ウルトラCは、体操で難易度C以上の大技を言う俗語です。ウルトラQは、視聴者に「どんな番組だろうか?」と物凄く疑問や関心を持って欲しいので、クエスチョンのQにしたとか。ウルトラの「超」という意味はどちらも機能しているように思います。

*8: なぞの生き物大探検 ドラえもんふしぎ探検シリーズ (9) 小学館