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ウマからマウスまで保存された走り方を決める遺伝子

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西暦2014年は午年でした。馬の最先端研究を日本語解説します。ウマゲノムの比較によると、たったひとつの遺伝子が、走り方を決めていたというのです。 

  • 馬と人とのつながり 

 馬と人との歴史は古く、有史以前から続いており、フランスのラスコー洞窟にある1500年前の洞窟壁画には、ウマの絵が描かれています。メソポタミアや中国の古代文明では、すでに乗馬の記述があります。記紀にも、神武天皇の愛馬、龍石が登場します。家畜化の歴史は、人類が文字を獲得するよりも古いできごとのようです。

 ウマは、現代に至るまで、軍馬として、農馬として、競走馬として、交配が進められてきました。各系統が整備されており、遺伝学上の研究対象になりえます。その中で、スウェーデンのウプサラ大学・スウェーデン大学の研究者は、馬を含めた四足動物一般で進化的に保存された歩き方・走り方を決める仕組みを、明らかにしました*1

原著論文

"Mutations in DMRT3 affect locomotion in horses and spinal circuit function in mice."

Andersson LS et al. Nature 2012 DOI: 10.1038/nature11399

 この発見は、国内*2・国外*3を問わず話題になりました。

 

  • 側対歩のできる馬は転写因子DMRT3が千切れている

 わたしたち人が駆けっこしたりスキップしたりするのと同じように、馬には複数の走り方があります*4。ゆったり歩くときは常歩(walk)、騎手がまたがり競馬場で全速力のときは襲歩(gallop)です。他にも種類があり、これらは指示さえ覚えれば、ほとんどの馬ができます。しかし、側対歩(pace)だけは例外で、すぐにできる馬もいれば、なかなかできない馬もいます。

 走り方の違いは、リンク先の動画でぜひ確認ください。通常の速歩(trot)の場合は、前足が右ならば後足は左、前足が左ならば後足は右ですが、側対歩の場合は、前足が右ならば後足も右、前足が左ならば後足も右、になります。

側対歩とは(動画閲覧にQuick Time等が必要)

http://www.nature.com/nature/journal/v488/n7413/extref/nature11399-s3.mov

動画字幕 Symmetric; 通常の速歩(trot), Asymmetric; 側対歩(pace)

 実は、この側対歩の走り方ができるかどうかは、たったひとつの遺伝子で生まれながら決まっていると分かったのです*1。違いは転写因子DMRT3 (DOUBLESEX AND MAB-3 RELATED TRANSCRIPTION FACTOR)でした。転写因子とは、DNAの配列を認識し、遺伝子のプロモータ領域に結合することで、標的遺伝子の発現を制御するタンパク質の総称です。機能を喪失すると、遺伝子の発現パターンが変わります。

 転写因子DMRT3の違いは、次のような経緯で発見されました。

 側対歩習得の差は、馬の系統間で違いがありました。原因遺伝子を決定するため、側対歩ができないとされる30系統の馬と、側対歩ができる40系統の馬で、ゲノムを解読してDNAの塩基配列を比較しました。ゲノムとは、遺伝子のひとそろいすべてのことです。配列比較の結果、側対歩ができる馬では、転写因子DMRT3の遺伝子に変異が見られると分かりました。DMRT3塩基配列にシトシンからアデニンへの点変異があり、その結果として301番目のセリンコドンが終止コドンに置き換わっているというのです。タンパク質の設計図が、途中で千切れていました。ナンセンス変異です。

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 変異があるから原因遺伝子だ、とは結論できません。そこで、DMRT3遺伝子に焦点をしぼって、ポニーからサラブレッドまで、解析対象を広げました。通常型DMRT3と変異型DMRT3を1コピーずつ持つヘテロ接合個体も調べています。近縁関係に注意してデータを解釈すると、DMRT3で終止コドンに置き換わる変異が、側対歩の習得に見られる表現型の原因遺伝子であることが確実になりました。側対歩ができない通常型DMRT3では競馬場でよく見られるような襲歩(gallop)での走りに集中でき、側対歩ができる変異型DMRT3では一人乗り二輪馬車を引く繋駕速歩競走(harness race)のような競技に優れるということのようです。

 

 ウマゲノムと他の哺乳類ゲノムを比較したところ、互いに配列が類似し保存されたDMRT3遺伝子がありました。側対歩するウマで見られたDMRT3遺伝子のナンセンス変異は、イヌゲノムやウシゲノムにあるDMRT3遺伝子ではありませんでした。マウスゲノムでもDMRT3遺伝子は通常型でした。

 研究者たちは、実験動物として馴染み深いマウスで、DMRT3のさらなる解析を試みました。何か違いがあったらいいなと思って、ノックアウトマウスDmrt3(-/-)を取り寄せたところ、期待どおり。野生型と比べて、走らせてみると足の動かし方がおかしいではありませんか。側対歩やんけー!

トレッドミル上を走るマウス(動画閲覧にQuick Time等が必要)

http://www.nature.com/nature/journal/v488/n7413/extref/nature11399-s5.mov

動画字幕. WT; 野生型(wild type)マウス, KO; ノックアウト(knockout)マウス

 一般に、遺伝子重複があるなどした場合、単なる変異体で表現型は観察できないので、多くの場合、表現型があるかどうかはやってみないと分かりません。それなのに、こんな上手い話があるなんてウらやマしい……馬だけに。きっと、自然が自分たちだけに微笑んだ瞬間を、実験中に「あ、これ、すごくね?」と喜んだことでしょうね……スウェーデン語で何と言うのか知りませんが。

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 マウスで、転写因子DMRT3は脊髄にある特定の神経細胞で機能していました。DMRT3遺伝子産物について、インサイチューハイブリダイゼーションでmRNAレベルの、抗体染色でタンパク質レベルの組織局在を調べています。神経細胞の目印となる他のマーカー遺伝子の発現パターンと比較して、論文中*1ではさらなる解析が行われています。

 

  • 転写因子DMRT3は他の動物も持っている

 ウマからマウスまで保存されているとなると、他の動物でのDMRT3遺伝子の機能が、やはり気になります。原著論文*1ではほとんど言及ありませんが、ヒトゲノムにも配列の類似したDMRT3遺伝子があります。

 DMRT3遺伝子の変異や多型が、人の先天的疾患と関係した報告は、まだないようです。わたしたちが歩いたり走ったりするとき、手と足の振り方は左右が逆です。ナンバ走りのように手と足を揃えた走法は、特別な練習を続けないと習得できません。ヒトのDMRT3遺伝子は、ウマの通常型DMRT3遺伝子と同程度の長さがあります。

 ウマと異なり、ラクダゾウキリンなどは側対歩です。ウマとの違いが、DMRT3遺伝子で説明できるのか、興味深いところです。公知の配列情報は、まだ使用できないようです。もちろん、DMRT3遺伝子の上流や下流で情報伝達を担う遺伝子が、歩き方の基盤となる神経細胞の細胞運命を制御している可能性も、考える必要があるでしょう。調べてみないと分かりません。

 

字数:2300字

文章:バンショ和ゲゴヨウ

 

  • アンケート

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  • 参考文献・ウェブサイト

*1:"Mutations in DMRT3 affect locomotion in horses and spinal circuit function in mice." Andersson LS et al. Nature 2012

http://dx.doi.org/10.1038/nature11399

*2:"DMRT3遺伝子多型はウマの歩様とマウスの脊髄回路機能に影響する" 馬の科学 (PDF注意)

http://www.equinst.go.jp/JP/bunken/13037.pdf

*3:"ScienceShot: Humans Spread Mutation That Smoothes a Horse's Ride." Science News 

http://news.sciencemag.org/biology/2014/02/scienceshot-humans-spread-mutation-smoothes-horses-ride

*4:"馬の歩き方" 馬を知ろう!様 (分かりやすいGIF動画おすすめ)

http://www.crypter.jp/plod/