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なぜ天文学者はかに座にダイヤモンドの星があると考えたのか

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日本では、春の夜空を眺めると、かに座を見つけることができます。かに座の星のひとつ、と言っても6等星なので、空気が澄みきって街の明かりも届かない山奥に行くか、望遠鏡を用意するかしないと見えませんが、カニの右手に暗い星があります。この恒星には5つの惑星があり、そのうちの1つはなんとダイヤモンドでできているとか。

 

  •  かに座55番星eがダイヤモンドでできた惑星と推定される

ダイヤモンドは、高価値な物質のひとつです。宝石として装飾品に用いられるだけでなく、硬度熱伝導に優れ、切削器具や機械部品など、工業上も重要な材料です。

2012年10月、アメリカ合衆国のMadhusudhan氏ら*1により、質量の3分の1以上がダイヤモンドと推定される惑星が見つかったと、国内外で話題になりました*2,*3。SFの話ではありません。このダイヤモンドでできた惑星とは、かに座55番星eのことです。恒星であるかに座55番星のまわりを公転しています。みずから光を放つ天体を、恒星と呼びます。恒星のまわりをめぐる天体が、惑星です。

【原著論文】

"A possible carbon-rich interior in super-Earth 55 Cancri e."

Madhusudhan N et al. Astrophys. J. Lett. 2012 DOI: 10.1088/2041-8205/759/2/l40

原子のレベルで見ると、ダイヤモンドは、炭素だけからなる物質です。鉛筆の芯の原料としておなじみの黒鉛とは、同素体の関係にあります。

 

  • 炭素の多い恒星には炭素の多い惑星

アメリカ合衆国のMadhusudhan氏は、もともと惑星の炭素比率に関心がありました。2012年には、大気中の炭素比率がきわめて高いWASP-2bという惑星を見つけました。この天体は、一酸化炭素の大気を持つと推定されています*4従来、地球の炭素比率と大きく異なる惑星があるとは、はっきり知られていなかったため、大きな発見でした。地球内部の元素組成は、マントルの研究にもとづき、第一に鉄が多くを占め、第二に酸素が続くと考えられています。そして、地球内部の炭素は酸素の3000分の1未満程度と見積もられています。地球大気の元素組成でも、炭素は酸素の1000分の1未満程度です。

アメリカ合衆国のMadhusudhan氏は、炭素比率が高い惑星にはもっとバリエーションがあるはずだと考えました。観測のしやすさが異なるため、自分で光る恒星は、自分で光らない惑星よりも、多数の情報が手に入ります。そこで、第一段階で炭素の多い恒星を探し、第二段階で炭素の多い恒星のまわりをめぐる惑星を調べよう、と考えました。恒星と惑星が同じ原料からできているならば、炭素の量の大小にも連動があるはずです。

そこで注目した天体が、かに座55番星*5です。かに座55番星は、炭素の比率が高い恒星でした*6,*7

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太陽とかに座55番星の炭素原子比率

かに座55番星には、5つの惑星があります。うち、かに座55番星eには、詳細な観測情報がありました。恒星の前を惑星が横切ったとき記録があり、そのとき惑星がよく見える状態になるので、一歩だけふみこんだ議論ができます。

 

  • ダイヤモンドでできた惑星の3つの根拠とその限界

かに座55番星eがダイヤモンドでできた惑星である可能性を示唆する根拠3つあります。第一に炭素比率が高いと推定されることです。これについてはすでに述べました。

第二に、密度です。

かに座55番星eの半径は地球の2.04倍程度と見積もられています。かに座55番星eの質量は、地球の8.37倍程度と見積もられています。この値から、従来は、ケイ酸塩でできた岩石に、高温高圧の水がたたえられていると考えられていました。しかし、アメリカ合衆国のMadhusudhan氏らは、酸素に対する炭素の比が、恒星のかに座55番星と同様に、惑星のかに座55番星eでも高いならば、これはありえないと考えました。密度は、かに座55番星eがダイヤモンドでできていると仮定しても説明がつきます。

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かに座55番星eの密度はダイヤモンドでできていても説明できる

第三に温度です。

ダイヤモンドの性質は、すでに実験室でよく調べられています*8。これをもとに、天文学上のすでに知られた法則を組み合わせて考察すると、ダイヤモンドが卓越して支配的に存在するための条件は、700ケルビンから1100ケルビンの間であればよい、とのことでした。恒星であるかに座55番星との距離から、惑星であるかに座55番星eの温度を見積もると、ダイヤモンドが存在するための範囲にありました。

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かに座55番星eの温度はダイヤモンドでできた惑星にちょうどよい

なぜダイヤモンドの星だと考えたのか。その根拠は、主星であるかに座55番星の炭素比、およびかに座55番星e自身の密度と温度だ、というのです。えぇー。いくら情報が限られているからって、これだけで、かに座55番星eがダイヤモンドの惑星だ、とは結論できないのでは。そう思って、原著論文*1の考察部分をよく読んでみると、こう書いてありました。

We show that the sum total of available data, including the planetary mass and radius, and the stellar abundances, supports the possibility of a carbon-rich interior in 55 Cancri e. (中略) A carbon-rich 55 Cancri e would represent a departure from Earth-centric mineralogies in rocky exoplanets. Nevertheless, follow-up efforts are required to confirm a carbon-rich 55 Cancri e.

引用; Madhusudhan et al. 2012 *1

うーん。炭素に富んだ惑星である可能性はあるけれども、まだまだ証拠は足りないので、もっと観測しましょうね、と。確かに、ダイヤモンドどころか、炭素が多いという証拠から、現段階では、あやふやです。あくまで個人の主観ですが、これじゃあ、もし仮に宇宙戦艦ヤマトがあったとしても、掘りに行きたいとかまだ博打すぎて思えないわー

ダイヤモンドの惑星、あったらいいですね。ただし、国内外で話題になったほどには甘い話ではなさそうでした。 

 

字数; 1800字

文章; バンショ和ゲゴヨウ

 

  • アンケート

  • 参考文献・参考ウェブサイト

*1:"A possible carbon-rich interior in super-Earth 55 Cancri e." Madhusudhan N et al. Astrophys. J. Lett. 2012

http://dx.doi.org/10.1088/2041-8205/759/2/l40

*2:"ダイヤモンドでできた惑星を発見" ナショナルジオグラフィックニュース 

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20121012003

*3:"Nearby super-Earth likely a diamond planet." Yales News

http://news.yale.edu/2012/10/11/nearby-super-earth-likely-diamond-planet

*4:"A high C/O ratio and weak thermal inversion in the atmosphere of exoplanet WASP-12b" Madhusudhan N et al. Nature 2011

http://dx.doi.org/10.1038/nature09602

*5:ヘンリー・ドレイパー番号; 75732

*6:"Chemical clues on the formation of planetary systems: C/O versus Mg/SI for Harps GTO sample." Mena ED et al. Astrophys. J. 2010

http://dx.doi.org/10.1088/0004-637X/725/2/2349

*7:なお、かに座55番星の温度は、太陽と同じかわずかに低い、5300度ほどと見積もられており、炭素は原子むきだしで飛びまわる高温の気体のような状態だと思っておいてください。

*8:"High pressure-high temperature equations of state of neon and diamond." Dewaele et al. Phys. Rev. B  2008  

http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevB.77.094106