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イカしたカラストンビの作り方が分かったゲソ

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ヒトの身体で最も硬い場所は歯です。では、イカの身体で最も硬い場所はどこでしょうか。その硬い部分のできる仕組みが、最近になって分かったそうです。

 

 

  • イカしたカラストンビ

 日本では、食品量販店に行けば食用のイカを購入できます。イカがいかに愛されているかは、任天堂のイカしたインクシューティングゲーム*1が、この頃、流行していることを思い出してのとおりです。

 軟体動物であるイカには骨がありません。貝殻の痕跡器官であるカトルボーン(イカの甲・烏賊骨)はあるものの、コウイカのような例外を除いてやわらかいのが普通です。しかし、やわらかなイカの身体にも、1カ所だけずば抜けて硬い部分があります。

 カラストンビです。

 「カラストンビ」とは、イカのクチバシのことです。カラスのクチバシと、トンビのクチバシにかたちが似ていることから、カラストンビと呼ばれます。イカをよく食べるマッコウクジラも消化できないほど、カラストンビは硬い組織です。

 カラストンビは、外から見える先端の部分は黒色で、根元の部分に向かって奥へ行くにしたがって薄い色になっています。そして、この根本の部分は周囲の肉に埋まっており、外から見える先端の部分になるほど硬くできています。カラストンビができるとき、場所ごと段階的に硬さが変わる理由は、分かっていませんでした。

 

 西暦2008年、Waite氏ら*2 により、カラストンビがキチンとタンパク質のネットワークでできており、タンパク質が互いに共有結合で架橋して強度を増していることが、明らかになりました。キチンとは、アセチルグルコサミンと呼ばれる糖が多数つらなった高分子多糖です。

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アセチルグルコサミンの構造式

 キチンだけではカラストンビの頑丈さを説明できないことから、ネットワークを作るタンパク質の正体に関心が集まったものの、結局、部分的にしか分かりませんでした。硬いカラストンビからタンパク質を抽出することが難しかったためです。

 

  • ついにすべてが分かった

  西暦2015年、さらに研究を続けたWaite氏ら*3により、カラストンビを硬化させるタンパク質の全体が、ついに解き明かされました。抽出の方法を検討し直すとともに、カラストンビの原料物質を分泌する細胞(beccublast cell)で転写される遺伝子の塩基配列をすべて調べ、それを参照してタンパク質のアミノ酸配列の全長が決定されました。

 カラストンビを硬化させるタンパク質には2種類あり、一方はキチンと結合するタンパク質で、他方はタンパク質間で架橋を作るタンパク質でした。配列が分かったため、大腸菌に遺伝子導入して、複製タンパク質を精製して、性質を詳しく調べることができるようになりました。実験の結果、架橋を作るタンパク質はそれ自体でゲル状に固まる性質があると分かりました。動画で鮮やかに演示されています。

http://www.nature.com/nchembio/journal/v11/n7/fig_tab/nchembio.1833_SV1.html

  カラストンビができる仕組みは、キチンの間をゲル状になったタンパク質が埋め、さらに共有結合で架橋されるという2段階のものであると分かりました。カラストンビは、先端から根元に向かって、硬さに勾配があります。なだらかに勾配をもった人工材料の設計に、カラストンビのアイディアがこれから生かされることもあるかもしれませんね。

 

【原著論文】

"Infiltration of chitin by protein coacervates defines the squid beak mechanical gradient."

Waite JH et al. Nature Chem. Biol. 2015 DOI: 10.1038/nchembio.1833 

 

  •  アンケート

  • 参考文献・ウェブサイト

*1:東洋水産のカップうどんと言えば赤いきつね緑のたぬきか、キリンの午後の紅茶と言えばレモンティーかミルクティーか、白黒つけたというアレ

*2:"The transition from stiff to compliant materials in squid beaks."

Waite JH et al. Science 2008 DOI: 10.1126/science.1154117

*3:"Infiltration of chitin by protein coacervates defines the squid beak mechanical gradient."

Waite JH et al. Nature Chem. Biol. 2015 DOI: 10.1038/nchembio.1833