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アクチンとチューブリンの両取り戦術!海産天然物アプリロニンAは二段構えで細胞骨格を破綻させる

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 将棋を指して、桂馬で飛車角両取りを掛けられると、「やられた!」とか「悔しい!」と感じます。がん細胞に有毒な天然化合物の中には、これと同じように、細胞骨格を構成する2種類のタンパク質、アクチンとチューブリンを狙って両取りを掛けてくる、効き方の賢いものがあると、最近*1になって分かりました。アメフラシという海の生き物から見つかったアプリロニンAという物質です。

 

  自然界に見られる有毒な生物活性天然物の数々は、特定の標的分子と直接に相互作用して毒性を発揮するものがほとんどです。例えば、フグ毒のテトロドトキシンは、ナトリウムチャネルに結合します。わたしたちヒトは眠気覚ましの目的で好き好んで飲んでしまうけれども、コーヒーに含まれるカフェインは、アデノシン受容体に結合します。

  さながら鍵と鍵穴の関係のように、ひとつの生物活性天然物には、ひとつの標的タンパク質があると思われがちです。しかし、それがすべてなのでしょうか。標的タンパク質の認識能力に長けた、もっと賢い毒があるとしたら、きっと自然は凄いと感嘆させられることでしょう。

 

  アプリロニンAは、三重県の海で採取されたアメフラシAplysia kurodai)から1993年に単離*2された海産天然物です。不斉点の立体化学を含めた完全な構造は翌1994年に解明*3され、ほぼ同時期に全合成も達成*4されました。

 きわめて微量でがん細胞を死滅させる作用があり、アプリロニンAは細胞骨格であるアクチン微小繊維をバラバラに脱重合させます。アプリロニンAの標的タンパク質はアクチンであり、アクチンに対する直接の相互作用はタンパク質結晶構造解析*5でも確かめられています。

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  アメフラシは軟体動物にも関わらず、貝殻がありません。貝殻がないのに捕食されないとしたら何か特別な成分が含まれているはずで、もしかしたらその成分が抗がん剤になるかもしれない。そう考えて研究対象にされました。今なお研究は続いているらしく、アプリロニン単離から20年以上経ってもまだアメフラシから化学構造が別の新物質が発見*6されています。これらの成分に化学防御の役割が実際どれほどあるかなど生態学的意義についてはあまり検証されていませんが、アプリロニンが持つ強力な細胞毒性と特有の化学構造は天然物化学の研究者たちを満足させるものでした。

 

  • アプリロニンAは効きめが強すぎる

 アプリロニンAを投与して効きめを調べる中で不思議なことが分かりました。アクチンに対する作用だけではアプリロニンAの効きめを説明できないというのです。実験には、ヒーラ細胞という培養されたヒトがん細胞が使われました。

 アプリロニンAを投与して、ヒーラ細胞を細胞死させるには、たったの1 nmol/Lで十分でした。一方、アプリロニンAを投与して、ヒーラ細胞でアクチンの脱重合を起こさせるには100 nmol/Lも必要でした。100倍の濃度差があります。がん細胞を死に至らしめる、より強力な未知の仕組みが、アクチンに関係したものとは別にあるのでしょうか。

 

  • アプリロニンAが作用する第2の標的とは

 アメフラシからはアプリロニンAと似ているけれども少し違う分子も単離されています。これらと人工合成された類縁体を使った構造活性相関の研究により、アプリロニンAの高い細胞毒性に不可欠な化学構造が、アクチンの脱重合に不可欠な化学構造とは別にあると分かりました。このことは、アクチンとは異なる第2の標的の存在を示唆します。

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アプリロニンAにある各構造の役割

 そこで、光親和標識の技術を使って、標的タンパク質の同定が試みられました。光親和標識*7とは、特定の波長の光を当てると不安定になり標的タンパク質と共有結合するような誘導体を化学合成し、これを使って標的タンパク質を標識づけて正体を解き明かす方法のことです。

 まず、アプリロニンAを化学修飾して、トリフルオロメチルフェニルジアジリンという構造をつけました。この構造は窒素原子2個からなる部分が外れると、付近の分子と見境なく反応して共有結合を形成します。アプリロニンAの生物活性を邪魔しないように、トリフルオロメチルフェニルジアジリンを付ける位置は、アプリロニンAの不要とされる場所が選ばれました。

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光親和標識に使われるトリフルオロメチルフェニルジアジリンの構造

 この標識つきアプリロニンAを使って、光親和標識で相互作用するタンパク質を探しました。すると、アクチンに関係したタンパク質*8の他に、サイズが50キロダルトン~60キロダルトンのタンパク質がアプリロニンAと結合すると分かりました。ダルトンはタンパク質の大きさを表す単位です。質量分析機などを使ってさらに詳しく調べると、どうやらチューブリンらしいと分かり、さらに抗チューブリン抗体と反応するか調べてチューブリンだと確かめられました。

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ヒーラ細胞に対する光親和標識の実験結果の模式図

  アプリロニンAは、アクチンの微小繊維と、チューブリンの微小管という2つの細胞骨格を標的としていたのです。アプリロニンAを投与して、ヒーラ細胞でチューブリンを観察すると、たったの1 nMで微小管がバラバラにされ脱重合が起きていました。

 

  • 自然は賢い

 細胞の中身は雑多な混合物です。そこで、精製したアクチンとチューブリンを使っても実験が行われました。アクチン単独下の場合、アプリロニンAはアクチンと相互作用しました。チューブリン単独下の場合、アプリロニンAはチューブリンと相互作用しませんでした。アクチンとチューブリンの混在下の場合、アプリロニンAはアクチンとチューブリンのどちらとも相互作用しました。アクチンとチューブリンは相互作用しないので、アプリロニンAとチューブリンの相互作用にはアクチンが不可欠だということになります。このことから、次のシナリオが考えられます。

   1)アプリロニンAが細胞に取り込まれる。

   2)まずアプリロニンAがアクチンと結合する。

   3)さらにチューブリンと結合して細胞毒性が現れる。

 アクチン-アプリロニンA-チューブリンの三者複合体があるとしたら、結晶構造解析してみるとどのようになるのか気になります。今後、明かされることもあるでしょう。

【原著論文】

"Inhibition of Microtubule Assembly by a Complex of Actin and Antitumor Macrolide Aplyronine A."

Masaki Kita et al. J. Am. Chem. Soc. 2014 DOI: 10.1021/ja406580w

  ひとは物事への対処策が複数通り用意されていると賢いと思うものです。『るろうに剣心』に登場する緋村剣心が自身の剣術を「隙を生じぬ二段構え」と語ったように。そして、『宇宙戦艦ヤマト』に登場する真田志郎が「こんなこともあろうと思って」秘密兵器を準備していたように。この理屈でいくと、アクチンとチューブリンの両方を狙い撃つアプリロニンAは、自然界でひときわ賢く洗練された分子のように思えます。

 2種類の標的タンパク質と三者複合体を作る小分子はあまりありません。複数の標的タンパク質を設定するといった発想は、これから医薬分子の設計指針に役立つこともあるでしょう。アプリロニンA自体を改造してキメラ分子を作るという手もあります。今は「自然は賢いなぁ」とあらためて感嘆するばかりです。

 

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  • 参考文献・ウェブサイト

*1:"Inhibition of Microtubule Assembly by a Complex of Actin and Antitumor Macrolide Aplyronine A." Masaki Kita et al. J. Am. Chem. Soc. 2014 DOI: 10.1021/ja406580w

*2:"Aplyronine A, a potent antitumor substance and the congeners aplyronines B and C isolated from the sea hare Aplysia kurodai."Kiyoyuki Yamada et al. J. Am. Chem. Soc. 1993 DOI: 10.1021/ja00076a082

*3:"Absolute Stereochemistry of Aplyronine A, a Potent Antitumor Substance of Marine Origin." Makoto Ojika et al. J. Am. Chem. Soc. 1994 DOI: 10.1021/ja00095a071

*4:"Total Synthesis of Aplyronine A, a Potent Antitumor Substance of Marine Origin." Hideo Kigoshi et al. J. Am. Chem. Soc. 1994 DOI: 10.1021/ja00095a072

*5:"Structure Basis for Antitumor Effect of Aplyronine A." Hirata Kunio et al. J. Mol. Biol. 2006 DOI: 10.1016/j.jmb.2005.12.031

*6:"Aplysiasecosterol A: A 9,11-Secosteroid with an Unprecedented Tricyclic γ-Diketone Structure from the Sea Hare Aplysia kurodai." Atsushi Kawamura et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2015 DOI: 10.1002/anie.201501749

*7:光親和性標識 | Chem-Station

*8:"Interactions of the Antitumor Macrolide Aplyronine A with Actin and Actin-Related Proteins Established by Its Versatile Photoaffinity Derivatives." Masaki Kita et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja310495p