ウアバゲニンの画期的短工程合成
世界的に有名なフィル・バラン(Phil S. Baran)教授が中心となって、量的供給を可能にするウアバゲニンの画期的合成が登場しました。さながら電子をバトンにして分子内で酸化還元反応のリレーを回すかのような、独自の合成戦略が活用されています。学術雑誌『サイエンス』に掲載されたハイインパクトな天然物合成の成果を紹介します。
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ウアバインとウアバゲニン
ウアバゲニン(ouabagenin)は、ウアバイン(ouabain)の糖が外れた構造をしています。ウアバインは、キョウチクトウ科植物Acokanthera ouabaioから見つかったステロイド配糖体です。毒です。アフリカ原住民には、ウアバインを矢毒に用いる部族もいます。ウアバインとウアバゲニンの両者は、少し違います。配糖体のウアバインは、細胞の外へナトリウムイオンを運び出しながら細胞の内へカリウムイオンを運び入れる輸送体タンパク質(Na+/K+-ATPase)を標的とし、この機能を妨げる作用があります。阻害活性は、糖が外れてウアバゲニンになると、ほとんど失われます。
ウアバインは、心疾患の治療薬としても用いられてきました。しかし、これらの化合物の類縁体合成による機能改良は、ほとんど手つかずのままです。もしかすると、副作用が少なく、より効力の強い化合物が、まだ他にあるかもしれません。ウアバインおよびウアバゲニンには、ステロイドの四環系炭素骨格にヒドロキシ基が6カ所あり、さらにブテノライドの五員環が結合しています。糖が外れたウアバゲニンでさえ、かなり複雑で、一筋縄では合成しにくい構造です。
アメリカ合衆国スクリプス研究所のRenata氏とBaran氏は、他の天然物合成でも適用可能な独自の合成戦略を活用して、ウアバゲニンの画期的合成法を開発しました*1。華麗な成果に、化学に関心のある人たちの間で注目が集まりました*2,*3,*4,*5,*6。
【原著論文】
"Strategic Redox Relay Enables A Scalable Synthesis of Ouabagenin, A Bioactive Cardenolide."
Renata H et al. Science 2013 DOI: 10.1126/science.1230631
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出発原料が違う
ウアバインの全合成は、2008年にZhang氏とDeslongchamps氏らによって、初めて達成されました*7。ウアバゲニンからウアバインへの変換も示されており、ウアバゲニンの全合成も同時に達成されています。41工程を要し、7ミリグラム未満しか合成できていません。少ないですね*8。各過程に技術の緻密な積み重ねがあり、困難な課題へ突破口を示したことにBaran氏らも「優雅で素晴らしい成果(elegant accomplishment)」*1と称賛の言葉を贈っています。
全合成の初達成で使われた41工程を要する合成経路に対して、Renata氏とBaran氏は、新たに工程数を約半分の20工程にした画期的な方法を示しました。いかにも独創的で、驚愕の成果です。各ステップの反応条件はグラムスケールで検討されており、最終的には100ミリグラムスケールの合成がそのまま可能と見積もられます。
両者の合成経路の何が違うかというと、出発原料が違うのです。Zhang氏とDeslongchamps氏の全合成では、四環系の炭素骨格を構築するまでに多段階を要しています。これに対し、Renata氏とBaran氏の合成では、出発原料にアドレノステロンと呼ばれるステロイドが選ばれました。この化合物は、量的供給が可能です。四環系の炭素骨格は、すでにあります。ヒドロキシ基6カ所を決まった向きにどう入れるかが問題です。Renata氏とBaran氏は、独自の合成戦略でこの課題を克服してみせます。
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電子をバトンにして分子内で酸化還元反応のリレーを回す
今まで、ステロイドの四環系骨格にヒドロキシ基を決まった向きで5カ所以上に入れるという課題に挑戦した化学者はいませんでした。普通はあきらめます。しかし、Renata氏とBaran氏は、できると考えました。自然界ではステロイド化合物の高度な変換ができるのだから、上手くやれば実験室でもできるはずだというのです。この従来は困難だと言われていた課題を、さながら電子をバトンにして分子内で酸化還元反応のリレーを回す*9かのような独自の合成戦略で克服してみせます。
さすがBaran先生! 今まで誰もできなかったことを平然とやってみせる! そこにシビれる! あこがれるゥ!
……と多くの人が思うと判断されて『サイエンス』に載ったたのでしょう。たぶん。
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炭素間結合生成によるブテノライド環の導入
ウアバゲニンの合成に向けて、仕上げの工程です。最後にして、炭素間結合を作ります。
2008年のZhang氏とDeslongchamps氏の全合成では、欲しい向きに足がかりが生えているため、これをとっかかりにして、増炭反応と官能基変換を地道に繰り返し、五員環を構築しています。どんな試薬を使ったかは、原著論文を読めば分かるので、書かないでおきます。
2013年のRenata氏とBaran氏の合成では、アドレノステロンからの誘導体変換で作った合成中間体に、同じような都合のよいとっかかりはありません。決まった向きで炭素間結合を新たに作る必要があります。
まず、ヒドラジンとヨウ素を反応させるバートンヨウ化ビニル合成(Barton vinyl iodide synthesis)に続き、スタナンとのスティルカップリング反応(Stille cross-cupling)で炭素間結合を構築しました。次に、分子のかたちを利用しながら不飽和結合を変換して目的産物を得ました。保護基を外して、ウアバゲニンのできあがりです。
この点、Baran先生ってすげぇよな、最後まで見どころたっぷりだもん。
……と多くの人が思うと判断されて『サイエンス』に載ったのでしょう。おそらく。
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自然の仕組みを越えて不可能を可能にする
酸化還元反応には、アルコールがアルデヒドになる、アルデヒドがカルボン酸になる、アルケンが飽和アルカンになる、アルケンがエポキシドになる、アルケンの二重結合が切断されてケトンになる、というように、複数の様式が存在します。これらの反応の化学選択的な制御は、年々、技術が高度化し、発展を続けてきました。また、炭素骨格の任意の場所にヒドロキシ基を入れるなど、立体選択的な反応の制御も同様に発展を続けてきました。
しかし、自然界では、実験室で行われる化学合成の限界を凌駕した、より高度な生合成システムが存在します。例えば、複雑な構造を持つウアバゲニンは、生体内ではより構造の単純なステロイドを原料とし、多数の酸化還元酵素を仲立ちとした、一連の化学選択的で立体選択的な反応を経て、作られます。生き物が進化の上で獲得した酸化還元反応のひとつひとつを、実験室で人間の手により真似しようと張り合うことは、不可能ではないにしても、今なお困難です。
直接変換を可能にする酸化還元反応は、今まで多数が開発されてきました。ある程度の融通が利く方法だけでなく、例えばステロイド環にある既存の官能基を足がかりにした方法も存在し、これらを活用してより複雑なステロイドの半合成が達成され、医薬研究の発展に貢献してきました。しかし、ストロイドの四環系骨格上に5カ所以上のヒドロキシ基を作ることが要求される高度にヒドロキシ化されたステロイドの誘導体合成は、2013年以前には成功していませんでした。
6つのヒドロキシ基を持つウアバゲニンの効率合成を通して、Renata氏とBaran氏らは、複雑なステロイドの合成一般に適用可能な独自の合成戦略を示しました。同一分子内にある官能基のペアに、電子を与える還元剤の役割と、電子を受けとる酸化剤の役割をそれぞれ持たせ、電子をバトンにして、酸化還元反応をリレーのようにつなげていく、というものです。今後、類縁体合成により、より効き目がシャープな医薬候補化合物も発見されるかもしれないと思うと、今回の成果にわくわくとした感情もわき上がってきます。
【有機化学】【薬】生理活性分子ウアバゲニンを安価なステロイドから合成!41工程を21工程に。まるで洋菓子に焦げめを入れるかのように、分子の狙った位置で酸化度があげられていく。ブテノライド環をつける前に誘導体化も可。ふっ…ふつくしい! http://t.co/EN2NVzHrmc
— 注目論文ツイート (@HotPaperTweet) 2013, 10月 23
字数; 3800字
文章; バンショ和ゲゴヨウ
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アンケート
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参考文献・参考ウェブサイト
*1:"Strategic Redox Relay Enables A Scalable Synthesis of Ouabagenin, A Bioactive Cardenolide." Renata H et al. Science 2013
http://dx.doi.org/10.1126/science.1230631
*2:2013年1月15日Chem-Station 様 ツイート
https://twitter.com/chemstation/status/287513942354432000
*3:"ウアバゲニン" 村井君のブログ 様
http://murai-kun.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-91ba.html
*4:"感想" 肩こり大学院生の非日常
http://solanoeclepin.blog99.fc2.com/blog-entry-160.html
*5:"ウアバゲニンに酸素を配置させる" AbstractClub 様
http://www.ricoh.co.jp/abs_club/Science/Science-2013-0104.html
*6:"What-a-Ouabagenin! Grams on Demand" Just Like Cooking
http://justlikecooking.blogspot.jp/2013/01/what-ouabagenin-grams-on-demand.html
*7:"Total Synthesis of Ouabagenin and Ouabain." Hongxing Zhang et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2008
http://dx.doi.org/10.1002/anie.200704959
*8:植物から単離・精製したものを試薬会社のシグマアルドリッチ社から1グラム20000円ほどで購入できます。