植物ホルモンの作用を「なかったことに」できる試薬が続々登場
植物ホルモンの受容体で立体構造が解き明かされ分子設計が可能になったこともあり、植物ホルモンの作用を打ち消す試薬が続々と登場しています。オーキシンに続き、アブシジン酸とジャスモン酸で受容体アンタゴニスト(拮抗剤)が、新たに合成されました。植物の成長を制御する仕組みが成り立たないほど過剰の植物ホルモンを外から投与したとき、拮抗剤が植物ホルモンの作用を打ち消すことができると、実際に示されています。
植物の成長は、生まれよりも育ちで決まります。わたしたちヒトは事故で手足を失えばそれまでですが、植物に見られる枝分かれの数は環境次第で柔軟に調節されています。枝分かれだけでなく、果実の成熟や、葉の茂り具合など、植物の成長は、植物ホルモンと呼ばれる分子たちによって調節されています。
実際の植物体から、植物ホルモンを抽出し、精製したものを投与すれば、その作用を確かめることができます。似たかたちの分子を化学合成したり、あるいは植物ホルモンをつくる特別な植物病原菌を培養したりして、植物ホルモンの作用はすでに農業利用されています。種なし果物を作ったり、わざとあげすぎて除草剤にしたり、といった場面が、具体例としてあげられます。植物ホルモンは、植物細胞にある受容体タンパク質で認識されます。
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草木の成長を制御する粉を分子の視点で作り出す
植物ホルモンの作用をオンの状態に促してやることと比べて、植物ホルモンの作用をオフの状態に抑えるには、特別な工夫が必要です。ひとつの方法は、植物ホルモンの受容体タンパク質には結合するけれども、上手く認識されず植物細胞の中で行われる信号の伝達を妨げる物質を投与することです。このような性質を持つ物質は、拮抗剤(アンタゴニスト)と呼ばれます。
従来、生理活性物質の拮抗剤は、膨大な種類の化合物を化学合成し、手探りでひとつひとつ作用を調べていく中で、試行錯誤しながら作り出されてきました。医薬分野では、受容体タンパク質の結晶構造解析をもとに、拮抗剤を分子設計することも行われていました。
植物ホルモンの受容体で立体構造が明らかになってしばらくすると、実際に分子設計が行われました。そして、オーキシンで拮抗剤を作り出すことに成功したと、論文で報告されました*1。この拮抗剤は改良され、オーキシノールと呼ばれています*2。受容体タンパク質が信号を伝えるのを邪魔するように、拮抗剤の分子には余計な尻尾がつけられています。
他の植物ホルモンでも、受容体タンパク質の立体構造をふまえ、拮抗剤の分子設計が行われ、最近の西暦2014年になって成果が公表されました。ひとつはアブシジン酸です*3。アブシジン酸は雨が降らないなど乾燥応答の際に、植物体内で蓄積する植物ホルモンです。
そして、拮抗剤の創成に成功したもうひとつはジャスモン酸です*4。ジャスモン酸は虫に食べられるなど傷害応答の際に、植物体内で蓄積する植物ホルモンです。
アブシジン酸の拮抗剤や、ジャスモン酸の拮抗剤は、見るからに大量合成が難しそうで、今のところ野外での実用には遠いように思われます。実験室スケールでならばいろいろと試薬用途がありそうですが、市販されそうにないですかね。
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アンケート
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参考文献・ウェブサイト
*1:"Small-molecule agonists and antagonists of F-box protein–substrate interactions in auxin perception
and signaling." Ken-ichiro Hayashi et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2008
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0711146105
*2:"Rational design of an auxin antagonist of the SCF TIR1 auxin receptor complex." Ken-ichiro Hayashi et al. ACS Chem. Biol. 2012
http://dx.doi.org/10.1021/cb200404c
*3:"Designed abscisic acid analogs as antagonists of PYL-PP2C receptor interactions." Jun Takeuchi et al. Nature Chem. Biol. 2014
http://dx.doi.org/10.1038/nchembio.1524
*4:"Rational design of a ligand-based antagonist of jasmonate perception." Isabel Monte et al. Nature Chem. Biol. 2014
http://dx.doi.org/10.1038/nchembio.1575